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この後もやることがあるので、と、夜にみんなを見送れば、やることもなく、台所の換気扇の下で煙草を吸おうと、思ってやめて、目につくのはコンロの油汚れ、そこまでひどくこびり付いてはいないのでキッチンペーパーを数枚取って少しだけ濡らし五徳を持ち上げてサッと拭き、その後乾いたキッチンペーパーでもう一度拭く一連の手順を想像したまま、台所の真ん中に立ったまま、昼間に開け放った窓を閉めないと蛾が入ってきてしまうなと思いながら、ズボンの尻のポケットには財布の重み、今は焦げ茶の二つ折りの財布だけど以前は黒の長財布、その前はどんな財布を使っていたか思い出せないまま、手が届きそうなのは、ガラス戸が開いたままの食器棚の中にある陶器の箸立てに、数本逆さに入っている箸を抜き出して、向きを揃えて戻したりしないまま。

 

驚いてもいないのは髪の毛や髭もそうだけど、いつの間にか伸びている身長、もっと小さい時があったはずだと知っているのに本当には覚えていない、そうゆうもんだと了解していて今、この身長から見下ろした足の指の先を見下ろしながらこの身長で考えていることは、なんだろう、見下ろしている指の先を動かすこともできるし、冷凍庫から取り出したバニラアイスを少し溶けるまで待つこともできるし、その間に次の仕事の見積書を作ることもできるし、あれは小さな身体だったとき、年末の仙台の並木通りを歩いている夜に冬枯れのケヤキに巻きつけられた電飾のひとつひとつが光るのを見ることができるし、眼鏡を外せば視界はぼやけて滲んだように広がる光を見ることもできる。

 

青いノースリーブのワンピースを持っているかは知らないけれど、もしも着がえれば、白く伸びる腕の先の、手の先の、爪の先っぽに、間違って付いちゃったみたいな紺色のマニキュアだけど、やっぱりそれも、そうっと塗ったんでしょう、右手のは左手で、左手のは右手で、キャップを開けてハケを引き抜くと、たっぷり取りすぎているマニキュアの液を、ボトルの口の部分にハケを押し付けて量を調整すれば滴る粘性の高い紺色の液は、透明なボトルの内側をゆっくりと、ゆっくりと、降りてゆき、底に溜まった同じ色をした液体と合流して区別がなくなる。

マニキュアが乾くまで手を広げて待っている間は、綺麗になろうとするほか何もできない、目玉だけを動かして部屋の中を見回しながら明日からのデートを楽しみにしましょう。

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